カスタマーレビュー
おすすめ度:
ミーム概念は、自身淘汰されるミームである。 
(2008-08-25)
社会生物学の限界を超えるものとして、期待して読んだが、限界を超えるどころか、無理な仮説設定で、社会生物学以上の失敗に終わっている。内容は、「模倣」によって伝播されうる広義の「情報」を遺伝子に喩えて、「利己的なミーム」が人間の過剰に進化した脳を「ミーム・マシーン」=「ヴィークル(乗り物)」として乗りこなすことによって、ミームが生き残りを競い合うという壮大だが空疎な仮説である。この点、スティーブン・ジェイ・グルードらが、このミーム概念を「意味のない有害な比喩」と評したのに、まったく賛成。ミームという概念を仮設してみたところで、新たな展望が開けているようにはとても思えない。たしかに、結論的主張のように、われわれはミームたるイデオロギーによって構成された、「私」というミームたるアイデンティティを生きていかざるをえない。しかし、そんな主張は従来からあって、そのために新たに「利己的なミーム」が脳で生存を競い合うという荒唐無稽な概念が必要であるとはとても思えない。
積極的に推奨できないが、批判的に読める人は、一読も良い。
大変ユニーク 
(2007-11-07)
ミームとは、文化や思想などが伝播していく遺伝単位のようなもののことですが、これが実在するかしないかは別にして、この存在を仮定することにより、本書では大変ユニークな議論が展開されています。なぜ、人の脳は必要以上に大きくなったのか?なぜ、人は考えることをやめられないのか?なぜ、人は他人から好かれようとするのか?こうしたことを進化論的にすっきりと説明してしまいます。
非常に面白い議論が展開されていますが、論理は荒く、好き嫌いがはっきりするところでしょう。また、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」は大前提なので、これを予め読んでおかないと議論がつかみにくいと思います。
言語がミームであるとは言えないのではないか 
(2007-10-14)
著者は言語自体が自己複製子(ミーム)であるという仮説を唱える。多くの傍証が提出されるが、ドーキンス自身も述べているように、興味深いアイデアとはいえるだろう。私はこの考えについて数年間、時折考えてきたが、仮に言語がミームであるとするなら、個体の複製に不利であるにもかかわらず、言語が増殖するという状況があるはずである。
現実はどうか。言語能力の高い個人は、現代社会だけでなく、過去の社会でもそれなりには適応度が高かっただろう。現代社会では、言語能力は明らかに高い収入につながっており、それは潜在的ではあれ、適応度を高めている。
とするなら、言語がそれを操る個体の利益を超えたミームだという仮説は、反証はされないまでも、有利な状況証拠を得ているわけではないように思う。よって私の判断では、「利己的な遺伝子」で提示された以上の大きな論理的な進展をなしているようには思えない。
諸法無我 
(2006-11-10)
ミームの概念を提唱したドーキンス自身は「人間だけは利己的な自己複製子の圧制に対して反抗できる」と述べるなど、実際に自分の理論を人生にどう活かすかという点で同意しがたい主張を行っているが、ブラックモアがこの本で提示した結論はすんなりと納得がいくものだった。あくまで論理的に推論を進めていった結果、最終的に得た結論がブッダの説いた教えと同じものだったというのが面白い。
興味深いね 
(2005-03-28)
ミームという新しい概念をとても親切に教えてくれる本。
ドーキンスから始まっただけあって、無知に近い私でも読めるくらい。
ただその分、知識人の方々からは叩かれちゃうんだな。
実際のところ、説明をするための論証が多いから納得させられそうになるんだけど、反証が無いからどうにも説得力が足りない感じ。
さすがアメリカ人?
ただ考え方は本当に興味深い。どこからどこまでミームとするには、ミームが学問として若いから難しいけど、これの概念がわかっていると世界を見る目が変わっちゃう。それぐらいお奨め。
でも論証反証できない部分が多いから、自身で鵜呑みしないで取捨選択をしながら読もうね。一番重要なのは、本自身のミームではなく
貴方自身のミームだろうから。