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The Great Gatsby (Wordsworth Classics)
F. Scott Fitzgerald
Wordsworth Editions Ltd

グループ:Book /ランキング:2064
価格:¥ 525
発売日:1999-12 /通常24時間以内に発送

レビュー(Amazon.co.jp)
1922年、F・スコット・フィッツジェラルドは、「何か新しいもの、斬新で美しくて質素なもの、手のこんだ構成のもの」を書くと宣言した。それが、彼の代表作にして最高傑作である、『The Great Gatsby』(邦題『グレート・ギャッツビー』、または『華麗なるギャツビー』)だ。「ジャズ・エイジ」の光と影を描いた本書は、狂欄の1920年代の雰囲気をとらえた小説で、「アメリカの神話」の中で不動の地位を占めている。

   貧しさの中から身を起こし、裕福になったジェイ・ギャッツビーは、フィッツジェラルド、あるいはアメリカそのものにつきまとう、金や野心、貪欲さ、進歩主義信仰などの強迫観念を象徴する。
 「ギャッツビーは、緑の灯火を信じていた。お祭り騒ぎは、年々かげりを見せはじめているというのに、未来は明るいと信じていた。いざ、その時が来て、明るいはずの未来が素通りしていっても、たいした問題ではない。明日になれば今日より速く走ることができるし、大きく手を広げることもできるから…そしてすがすがしい朝が――」
   夢の実現と崩壊を描いたこの小説は、「アメリカンドリーム」に一種の警鐘を鳴らす作品なのだ。

   この小説は、デイジー・ブキャナンに対する、ギャッツビーのかなわぬ思いを描いたラブストーリーでもある。2人の出会いは、物語の始まる5年前。若きデイジーはケンタッキー州ルーイヴィルの伝説の美女、ギャッツビーは貧乏な将校だった。2人は恋に落ちるが、ギャッツビーが海外出征している間に、デイジーは、粗暴だが非常に裕福なトム・ブキャナンと結婚してしまう。

   戦争から帰ってきたギャッツビーは、なりふりかまわず、富とデイジーを追い求めることに没頭する。やがて、当初は目的にすぎなかった富が、デイジーを手に入れるための手段になっていく。
 「彼女の声は金でいっぱいだ」
   これは、ギャッツビーが、この小説の中でも特に有名なシーンで発する賛辞の言葉である。

   金持ちになったギャッツビーは、デイジーの住まう高級住宅地のイースト・エッグと、ロングアイランド水道を挟んで向かい合わせの地所に大豪邸を購入し、ぜいたくなパーティーを開いて、デイジーが現れるのを待つ。そして、彼女が登場すると、物語は、ギリシャ劇につきものの、悲劇的な様相を見せはじめる。かたわらで冷静な目で見ている隣人のニック・キャラウェイは、終始「コロス」を受け持つ。無駄のない文章、 洗練されたストーリー、透き通った文体。『The Great Gatsby』は優れた詩文でもある。

カスタマーレビュー
おすすめ度:
現代の語り口にするにはちょっと無理があるかな。  (2008-06-28)
なにしろ80年前の小説です。村上さんはよく「翻訳の賞味期限」をいい、現代語で訳文を書くことに努力され、本書も、たとえば会話で語り手が相槌をうつ場合「そうなんだ」と訳す箇所がありますが肯定文なのか相槌なのか分かりにくかったりします。わたしには大貫訳の方が1920年代風でしっくりきます。もっとも、新たに翻訳するということは、すなわち現代風の言葉使いにするということなのでしょうけど。うーん、村上さんの翻訳は、カポーティとカーヴァーがもっともマッチしていると思いますし、好きです。サリンジャーのケースも村上訳としてはあまり評価できなにのですが、やはり、原作の年代がもっと新しい方が読んでいて違和感を感じません。

暑い夏にまた読み返したいと思います。  (2008-03-23)
 大学生の頃「華麗なるギャッツビー」を読んだ記憶があります。当時、村上春
樹の「ノルウェイの森」を読み終わった後で、その主人公と先輩の長沢さんがと
もに読んでいて、長沢さんが「華麗なるギャッツビーを読むような奴なら友達に
なれそうだ。」といったセリフが印象的でした。

 今回、映画を観終わった後、この村上訳の「グレートギャッツビー」を読みま
した。学生の頃読んだ時は、さしたる印象もなく「何でこんなに村上春樹が絶賛
するのか?」と疑問でした。ストーリーも情景も頭に入ってこなかったと思いま
す。

 映画を観たお陰と村上訳のお陰か、今回はよくストーリーと登場人物の心理描
写が読み取れました。ひと夏の物語。さっぱりとして、暑い夏にまた読み返した
いと思います。

「平等の国アメリカ」のウソ  (2008-01-07)
個人的には野崎訳の方が好きだ。とはいえ、村上訳は脚注が詳細なところが好ましい。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のときもそうだった。アメリカ文学、あるいは「文化」を理解する際に我々日本人が知る由もないことを知っておくことには意義がある。日本人が知る由もなかったことと言えば、アメリカは平等の国ではけしてないということではないだろうか。一人の女を一途に愛する、ただそれだけのために財を成し夜な夜な派手なパーティを開くギャツビー、そしてその女と彼女が嫁いだトム・ビュキャナンとの間には、やはりどうしても越えられない「壁」があることをこの物語は雄弁さをもち我々に教えてくれる。そうなのだ。いくらカネがあっても、あるいはオックスフォードを騙っても、どこかピントのズレているギャツビー、そういうギャツビーには哀れみと共に、なぜか愛おしさを感じてやまないのである。

古き良き時代への妄執の恐ろしさ  (2007-12-20)
戦争後に職にあぶれたロスト・ジェネレーション世代ものの代表作。
あまり指摘されないことだが、この作品では「古き良き白人社会」への妄執がトムの狂信的な主張とデイズィの裏切り、そしてギャツビーの懐古趣味的なデイズィへの執着と成り上がり根性によく現れていると思う。
ニックは「古き良き」社会にも属せないが、かといって新しい社会を築こうとするわけでもない、まさに宙ぶらりんの存在であり、それが故に昔にこだわる人間の悲劇をよく理解し、読者に紹介できるのではないだろうかと思われる。

特に最後の文章は何度読んでも深く考えさせられる。
まさに人間とは、過去へ過去へと運び去られる存在に他ならないが、進む先は未来にしかないのである。

ギャツビー氏の人間性について  (2007-08-30)
 ギャツビー氏は変わった人だと思う。一途な恋心を持つことはあると思うが、その想いを尋常でない方法で適えようとしている。気が小さい人であると思う。もっと他のやり方があったのではないかと思う。

 トム氏の人間性を好きになれない。卑しい感じがする。トム氏とギャツビー氏のどちらと友達になりたいかと問われれば、私はギャツビー氏と友達になりたいと答えるだろう。きっとキャラウェイ氏も同じだと思う。



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