レビュー(Amazon.co.jp)
2001年のノーベル経済学賞受賞者、スティグリッツが、アメリカ・IMF主導のグローバリズムに異議を唱えた衝撃的な1冊。著者は、1993年にビル・クリントン大統領の経済諮問委員(1995年委員長就任)として、また97年からは世界銀行のチーフ・エコノミスト兼上級副総裁として働いた経験を持つ。
本書は、そのスティグリッツが、世銀時代にいくつもの発展途上国を訪れ、そこで目の当たりにしたグローバリズムの現実をもとに書き下ろされている。スティグリッツはエチオピアで「IMFの驚くべき政治と算術の世界をありありと見せつけ」られ、IMFに対する疑念を抱きはじめる。資金を出している市民や直接影響を受ける発展途上国の市民ではなく、先進国(特にアメリカ)の意向に左右される体質、救済対象となる国の主権をおびやかすやり方、途上国には市場開放を迫っておきながら、都合の悪い産業においては保護貿易を貫くダブルスタンダード、IMF設立を主張したケインズの意図とは反対に市場礼賛主義に陥っている現状など、さまざまな問題点が指摘されている。IMFの指導のもとでますます貧困が拡大した国の例や、東アジア危機、ロシアの失敗、アルゼンチンの破綻、反対にIMFと距離を置くことで成功したボツワナや中国の例などが挙げられており、IMFの政策の不手際が指摘されている。
スティグリッツは、アメリカ・IMF主導のグローバリズムについては手厳しい評価を下しながら、グローバリズムが本来持つメリットについても主張している。貧困をなくし、世界を幸せにする真のグローバリズムとは何か。最終章で示されたスティグリッツの提言が、きっと何らかのヒントになるはずだ。(土井英司)
カスタマーレビュー
おすすめ度:
再訳の出版を望みます。 
(2008-11-03)
近年では世界社会フォーラムにおいても発言をしている元世銀幹部のエッセイ。
反(新保守主義的・新自由主義的)グローバリズムの観点から見ても非常に頷ける叙述が多かったです。
グローバリゼーションそのものが悪いのではなく、現在進行中のグローバリゼーションの在り方が悪いとする本書の主張には非の打ちどころがありません。
しかし、その対策としてIMFを始めとする国際経済機関のみの批判や改善点の指摘で終わるのは、大変もったいないように思われました。
指摘がいちいちごもっともであるので、それを踏まえて経済思想やグローバル民主主義の在り方についても深く突っ込んでほしかったところです。
翻訳については、なかなか酷かったです。
翻訳という作業が非常に難しいことは理解しているつもりですが、それでも商品として売るのに、このクオリティではなかなか納得できないのではないでしょうか。
タイトルも、原著と比べてずいぶん扇情的なのが気にかかります。
内容の方について一つ例を挙げると、「IMF」を「IFM」と何か所も間違うというのは、誤植・語訳のレベルを超えていると思います。
校正をかけたのか疑わしくなります。
また、解説は全くの蛇足であり、必要ありません。
出版社の方にはその辺りを考慮された上、再訳の出版を望みます。
IMF、世銀、WTO、各途上国首脳、スティグリッツ…それぞれが代表する利害 
(2008-09-04)
2002年に出版された、ジョセフ・E・スティグリッツによる1冊。いまさらながら、他の経済関係の書籍と一緒に手に入れた。学生時代、この人の原著や翻訳本で経済学を学んだことは覚えていたが、この著作を読み進めていくと、この人が自ら鍛え上げ、磨き上げた経済学の理論が現実の人間世界に蔓延する政治性の中で試され、政治上の闘争で敗北しながらも読者にグローバリズムについての問題性を明快に伝えてくれている様子に感銘を受ける。現実の経済に関わる国際機関、IMFはその内部で拒否権を持つアメリカの金融界の利害を代表し、WTOは同様に各種輸出関連の業界団体の利益を代表していて、IMFに支援を受けようとする、あるいは受けざるを得ない各途上国の政府首脳及び周辺にいる人々もそれぞれに特殊利害を代表している。そして、本書の著者、スティグリッツ自身が代表している利害とは、アダム・スミス、リカード、マルサス、そしてシュンペーター、ケインズと続く、当該国内・国際状況へと論争的・説得的に関わっていく経済学者の心意気、とでも言えるものだろう。もちろんこんな風に状況に対して関与できるのはごく少数の特権的立場の人だけだが、スティグリッツは本書でしてくれたように、読む者に自分の経験を開示してくれている。なるべく読者に対してわかりやすい言葉を使ってだ。行政執行者が多用しがちなジャーゴンを極力排除して本書は書かれている。一方、経済学の枠組に注目して読んでいくと、本書で取り扱われている政治経済問題群には、金融システム・開発経済学に関する話題のほかに情報の非対称性と逆選択、組織の経済学とコーディネーション・モティヴェーション、法と経済学、比較制度分析など90年代以降の経済学のホット・イシューも深く関わっているのが読み取れる。その過程で、経済学の教科書に欠けている部分も強く意識させられる。
本書は教養書として読めるのはもちろん、経済学に関心がある人にとってはスティグリッツが書いた経済学のテキストを補完する分厚いケース・スタディとしても読めるし、本書からスティグリッツの書いたテキストへと遡って読むのもありだろう。
social justice or market extremism? 
(2008-02-04)
In the late 1990s Asian economies lost much of confidence. The global financial community has, however, been letting the U.S. owe those who were then devastated by capital market liberalization or "Washington Consensus," which now causes the U.S.-led financial turmoil and the decline of the dollar. The IMF policies, indeed, backed by the U.S. worship of market liberalization ignore those vulnerable, failing to create an equitable and sustainable society. We become discontented with an economic ideology or "globalization," pursuing protectionism, even nationalism. So we wonder how it has to be managed to ease such discontents as income inequality and job losses. The Nobel prize laureate in economics suggests what governments and their policies deliver: social justice.
ひょっとして日本のこと? 
(2007-07-02)
サミットやWTO会議で繰り広げられる反グローバリズムの抗議行動を、「大型スーパー進出に反対する商店街みたいなものかな」と思っていたが、本書によって、なぜ人々がグロバリーゼーションに苦しめられ抗議するかが理解できたように思えた。
経済学の用語やロジックが極力避けられていて門外漢の私にもわかりやすい。
読み進むうちに、「これって日本のこと? 日本もIMFの路線に染まっているんじゃないか」と思えてきた。
はたして、巻末のリチャード・クー氏の解説で、橋龍改革とIMF路線の親近性が指摘されていた。本書でも、いったん社会経済を破壊したあとで訂正しても手遅れだと言っているように、山一・長銀ショックのあとの小渕内閣の公共工事バラまきには、あまり効果がなかったように思う。そのときのバラまきによる財政赤字で身動きがとれず、さらなる小泉構造改革、安倍継承改革により、貧富の差(ジニ係数)は先進国のうち米国に次ぎ二番目という有様である(世界第二の格差大国。本書では日本を含む東アジア諸国は成長と平等を達成した貴重な事例であると賞賛されているのに)。
さらに本書は、「成長したたり論」は根拠がないと指摘している。景気回復と消費低迷という矛盾に対し、安倍首相や中川幹事長はこの「成長したたり論」を強調し、痛みを我慢せよと言っている。
地球規模化とその不満〜本物の経済学者は何故怒ったか 
(2006-12-10)
経済全般、金融、財務、企業統治等について門外漢の私にはなぜ、ノーベル経済学者の著者がかっての同僚である世界通貨基金、世界銀行(世界復興開発銀行)、世界貿易機関や米財務省を全部を相手取って辛辣な批評を繰り広げているか、出版から数年を経て少しずつ読み進めてきてもまだぴんと来ていない。本流の経済学者が突如として強烈な社会批判を宣言しただけでなく、確かに冷戦後のアメリカの独善やグローバリズムの弊害については一般的な話としては十分理解できるが、スタンリー・フィッシャーやロバート・ルービン、更に続編である『狂騒の90年代』(邦訳:『人間が幸福になる経済とは何か』)においてはアラン・グリーンスパンまでをやり玉に挙げている矛先が、結局はウォール街やアメリカ人自身に向かっているとしたら、金融市場そのものや自国の社会文化、文明そのものを改革、変革せねばならないだろう。事は複雑に分化した現代経済の外にあるとも言えるし、その中の外部、今度は経済学者にとって門外漢のことまでが問題になってこざるを得ないのではないか。
それでも、この気骨のある聡明な経済学者が逸脱することはない。深化する世界経済がモラルのある経済の基本に還るには何が必要であるか、を少し耳に痛いが(財務官僚や企業経営者、ファンドマネージャーには痛すぎるだろう)あくまで日常の言語で語り始めている。当たり前のことをノーベル経済学者が言うと吃驚する自分に苦笑するだろう。センは貧困そのものを解明したが、スティグリッツはアメリカに居てアメリカから貧困の克服を実践しようとしているが、決して政治的であるわけではない。アメリカが没落でもして貧困問題が解決するのでないとしたら、彼に期待してしまうのも理由のないことではない。