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中国はいかにチベットを侵略したか
Mikel Dunham
山際 素男
講談社インターナショナル

グループ:Book /ランキング:16669
価格:¥ 1,890
発売日:2006-02 /通常24時間以内に発送

カスタマーレビュー
おすすめ度:
驚愕の真実  (2008-05-19)
本書では、チベット開放運動に係わった人物と、その流れをうまく組み合わ
せて表現されています。チベットについてはあまり関心がありませんでしたが、
その近代史についてはただただ驚きでした。中国の政策はまさにチベット文化
の破壊と民族圧殺に他なりません。中国が青海チベット鉄道建設に心血を注いだ
訳がよく判りました。グローバル化する世界の中で、日本は中国とどう付き合って
いったら良いのか、考えさせられました。オリンピックに絡んだだけの一過性の
チベット問題としてではなく、今後もこの問題に関心を持ち続けることが私達
日本人にとっても重要なだけではなく、チベットの民主化に繋がるとおもいます。
もうパンダ外交はうんざりです。一方で、新彊ウイグル自治区(東トルキスタン)
問題についても考えてみたいと思います。

知らなくてはならない真実  (2008-05-18)
私は反中主義者ではないが、「チベット大虐殺」や侵略、破壊を許すことはできない。
先日のチベット暴動でチベットに何が起こっているのか、何で怒っているのかを多くの日本人は知らないのが現状だ。
この本を読むとチベット侵略の想像以上に酷い実態に驚かさせられる。チベット問題を深く理解し、真の日中友好を考える上で必読の本だ。

次は我が身かもしれない。  (2008-05-13)
テレビや新聞・・・マスコミが報道しない情報がこの本には書かれています。
日本人はマスコミを無条件で信用し過ぎではないだろうか?
前は私も、マスコミの報道を無条件で信じてきた一人ですが、
動画サイトに投稿される動画の内容があまりにもマスコミの報道とかけ離れていたため
マスコミに対して強い不信感を持つようになりました。
では、この本や投稿された動画だって、人の思惑が全くないと言えるのか?と思う方もいるでしょう。
もちろん全く無いどころか、思惑はあるでしょう。
だからこそ互いを見比べどちらがより信用できる情報かを個々が判断する必要があるのではないでしょうか?
どちらか一方の情報を鵜呑みにし、頭ごなしに批判するのは良くないでしょう。

私たちが同じ目に遭う日が近づいているのか?  (2008-05-11)
ニコニコしながら近づいて来るのその背中には武器が
隠されている…。実際に大陸の人からビジネスを持ち
かけられる時、そう思うことが多い。向こうが一方的
に条件をならべて、こちらが無理だと伝えるや否や、
語気を荒げて唾を飛ばす。実に不快だ。そもそも私の
中に偏見があることが一因だろうか、と自省してみた
りもしたが、この本を読んでそうではないことが解っ
た。

私のそれは偏見ではなく、自己防衛本能だったのだ!

先頃、微笑みを浮かべながら私達の国を訪れた誰かさ
んは、1990年前後チベットで圧政を敷いた人であ
る。微笑みの後、何が始まるのか? この先の日中関
係を考えると身震いしてしまう。チベット問題を理解
するのみならず、彼らの渉外パターンを知る上でも、
多くの方に読んでいただきたいと思う。

単純だが数で押し切る。深慮がないゆえにやること残
酷。中国のやり口に、読めば読むほど怒りと恐怖がこ
みあげてくる。


解放は微笑で始まった  (2008-05-06)
「チベット解放」というのは、朝鮮戦争等と同様、軍事進行ありきと思っていたが、そう単純
ではないようだ。以下に著者の描写をまとめます。

1949年 毛沢東は中華人民共和国の成立を宣言。同年、チベットを帝国主義者から開放す
      ると発表。(著者によるとチベットにいた観光客以外の白人は8人)
1950年 中共軍はチベット内の東端地域に自動車道路を建設。
      略奪などはせずに非常に礼儀正しく、収穫を手伝った。僧院にも寄付した。
      いわゆる微笑外交(商人、農民、僧侶は喜んだ)
同年 6月 チベット軍の無線装置をめぐり紛争が起きる。中共軍は反撃せず。
      (同月朝鮮戦争開始)
      チベットの東地区全体に中共軍進入。地域に医療サービスを実施。
同年10月 首都ラサににいたる交通の要所に攻撃開始。
      チベット軍は投降し武装解除するも、武器を返却され、武装した姿を写真に
      とられた。その後再度武器は取り上げられた。この写真は中共軍とチベット軍の
      友好的シーンとして宣伝され国際社会は安心した。
  11月 チベットは国連に緊急文書を送るも無視された。
1951年 中共チベット会議で17条協定書が提出されチベット側は代表権なかったが
      中共側はチベットの判を作成し、チベット側はやむなく署名した。
      (内容はチベットは自国から帝国主義勢力を駆逐し中共へ「復帰」する等)
      協定は3日後にラジオ北京により海外に宣伝された。
  =>解放はこれでほぼ実現、以降国際社会での情宣、ダライ・ラマと同格の宗教指導者を
    指名する等の政策が続行された。

解放は単なる軍事進行だけではない。現在、ダライ・ラマ14世と中共政府の話し合が行われ
ているが、これとほぼ同様なことが1954年にも起きている。
これが真の意味での「話し合い」ではなく国際社会へのポーズでしかないことは、この本を
読めば一目瞭然だろう。皆様、ご賢察願いたい。     
   

         



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