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オリエンタリズム〈下〉 (平凡社ライブラリー)
Edward W. Said
今沢 紀子
平凡社

グループ:Book /ランキング:8119
価格:¥ 1,631
発売日:1993-06 /通常24時間以内に発送

カスタマーレビュー
おすすめ度:
「知識人とは何か」を二重の意味で問う本  (2007-11-05)
 オリエンタリズムの再生産装置となったアカデミズムがいかに政治的に機能しているか、そして米国の大学機関とメディアが「中東生まれのオリエンタリスト」をいかに再生産しているかを告発している本著は、現在の世界情勢を鑑みると発刊当初(30年前!)よりもむしろリアリティが増してきているように思う。

 この上下巻を通読すると、メディアや情報の影響を受けずに他者を知ることがどれ程難しいかを通感させられる。インターネットで膨大な情報にアクセスできるようになった現在、社会的先入観の陥穽に落ちる危険性を我々の生活はむしろ高めており、そう簡単に新たなビジョンを見つけることは誰にだって難しいだろう。

 この手の人文書に対するありがちな批判が訳者あとがきにもあり、要は「オリエンタリズムに代わるビジョンがない」という批判なのだが、そんなものまでサイード1人に期待するのは酷であって、それは読者1人1人が「自分の場所」で考えなくてはならない問題だろう。サイード自身はパレスチナ国民議会議員も勤めながら積極的にベタな政治活動を行った人物であり、むしろ彼の生き方の中では、行動することで次のビジョンを模索しつつバランスを取っていたんだと思う。読んで文句だけ言ってる奴が一番卑怯なんじゃないか。(「知識人とは何か」はそういう問題意識で書いたんだろうね。)

 あと、オーウェル好きの僕にとっては少し納得のいかない妙な引用があった。他にも引用の精度は当時問題になったようだ。「知識人」なのにツメが甘いというのもご愛嬌というかアメリカっぽいというか(笑)。

知的訓練にはもってこいです。  (2007-06-18)
主要な読み方としては上巻のレヴューで出尽くしていますね。この本をどのように読むかは人それぞれでしょう。読み方次第でいくらでも価値が引き出せる、宝の山のような本。時期をおいて何度も読み返す度に新たな発見がある、そんな本です。プロパガンダの海底に暮らす現代人にとって、知的訓練に適した本。

日本の役割  (2006-02-22)
 「オリエンタリズム」という語には表面的意味合い―東洋学、東方趣味―とは一線を画す、潜在的観念―西洋の東洋に対する支配の様式―が込められている。本書は、私たちが漠然と使用している言説について(善い意味で)釘を打ってくれる一著である。本著書についてのレヴューは枚挙に暇がないので、私は少し違った観点から考えたいと思う。

 訳者の今沢氏は「あとがき」で、日本の特異なオリエンタリズム構造を次のように指摘している。日本は西洋から観て地理的・文化的に客体=観られる側である。それにも関わらず、日本は19世紀末葉以降、欧米列強を模範とし、西洋側の視点―オリエンタリズムの主体=観る側―へと変容した。確かにその点では、本書は日本に対しても警鐘を鳴らす肝要な著作である、といって差し支えないだろう。しかし、(著者が特別視しているイスラーム世界に関して言えば)日本こそが「オリエンタリズム」を打破できる、西洋に打って変われる存在なはずなのである。日本とイスラームは地理的・歴史的にこれまで疎遠であったが、それこそがパラドックスとして、「オリエンタリズム」がこれまで表象してきたものとは違ったアプローチからイスラーム世界を概観し得る要素なのである。

 そして、故サイード氏は末尾で次のように語る。「専門分野の境界線をいっそう大きく踏み越え、クロス・ディシプリナリー(学際的・横断的)な」視点を持て、と。この言辞は学者(学生)のみならず、現代に生きる一般の我々にも問うている重要な一句なはずだ。

 「オリエンタリズム」という概念以上に、様々な事柄を教授してくれる。決して容易な著書ではないが、是非ともお薦めしたい。

またひとり…。  (2003-09-26)
先日(二十四日)、E.サイードが亡くなった。
享年六十七才、死因は白血病だったという。

本書は「オリエンタリズム」という言葉に含まれた、
多分に西洋的なものへの批判文だ。
その思想史上の偉大さは、今さら私が語るまでもあるまい。
我々からして既にこの本を西洋的な目で見ている――。
そのことに気付いた時、必ずや得るものが有るだろう。

言い方は悪くなってしまうが、これを機会に一読をお勧めする。

それにしても惜しいひとを亡くしたものだ…。


オリエントという他者  (2002-06-17)
 オリエントは東方の他者として存在するのではなく、オクシデント(西洋)の中にこそ存在する。オリエントとは、支配者と従属者、この力関係の中でオリエンタルなものとされた、現実と完全に符合することの無い他者イメージであった。本書ではいわゆる西洋と東洋の認識の中で書かれているが、様々なシーンに適用可能な、例えば日韓関係を考える上でも重要となる感覚がちりばめられている。我々の認識する他者とは、我々自身に内在する他者であり、決して現実の他者そのものではない。歴史、政治、思想、哲学、地域研究、あらゆる分野に携わる上で、必読の書であろう。



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