カスタマーレビュー
おすすめ度:
これはパンクだ。万歳。 
(2006-11-05)
この著者の本は初めてだが、これは笑える。
嘲笑や冷笑ではなく、ほんとパンキッシュな笑い。
爆笑の太田なんかが読んだら絶賛するのではないか。
この滑稽さを表現するのは非常に難しい。
真面目な顔をして講義する先生のズボンを下ろす、とか。
う〜んダメだ。
イメージとしては酔っ払ってヘンテコな踊りをするジョーストラマー。
なんかヘンだけど、目が離せない。
フュージョンとかアンビエントとか好きな人はダメだろうな。
当然のことながら僕は大好きです。
主観 
(2006-04-14)
この手のものは、客観的に読んでは何の意味もない。
また、特にこの著者の場合、著者と同じか、それに近い主観で接しうる読者が読まなければ、全く何も伝わってこず、何の意味もない。(このことは、本書中に著者が言っている。)
よって、他人に容易に薦められるものではないが、シンクロするものにとっては、ほぼ唯一の参考文献となりうる。しかし、だからこそ、異なる主観を持つ読者は本書を「トンデモ」扱いしてはならないと思う。
私は著者の基本的姿勢には、疑問を持つところもあるが、かなりの充実感が得られた。
実に不幸。
世界全体の不幸を前にして前もって不幸を述べる 
(2006-03-07)
幼児期家族内で一人で幸せになってはならないというコードが存在し、その出し抜きゲームから死ぬまでとり憑かれた筆者がそのゲームを表示するための原理としてカントとその周辺を相変わらず提示し、原理とその応用を利かしている間はまだしも、ただの随筆みたいな感じになっていく後半。小事しか扱わないという宣言にも関わらず、応用で大事との比較(精神病、殺人、戦争)を十分に盛り込みつつ、ただの感想文となっていく、その尻すぼみっぷり。
他人の評価に如何なる態度で臨むか。作者の場合、傷ついて落ち込んでいる姿を見せれば家族内で許しのコードでもでたんでしょうが、そういう自分の世界に結局とり憑かれていること自体が作品としても同じようなものを縮小再生産させるのだろうから、ここで経済に対しての取材をするだとか、対談集をだしてみるだとかそういうマーケッティング的戦略性には結びついていかないのか? この人の行動原理は!?
この人が前提を簡単に覆して、ヘンな悲鳴を上げること自体が商品としての価値があるんでしょうが、そこいらへんをホンキで本人が勘違いしているところに問題があると思う。
ここまで死に関して問題を取り上げているのにあくまで今まで引きずってきた哲学にこだわり、仏教が全然でてこないのがまったくおかしい。ホント仏教者と対談したほうがいい。
最後のほうは引用だらけになってしまっていて、
甘い憶測をしていると後で手厳しくやられるために前もってそれを言おうという姿勢、あまりにも成功が遅く手に入ったためにこれから幸福になっていってやるという気力がおきず、結局は死んでしまうという厭世感に悩まされる。
その気分にもはや原則もなにもなく引用をただ載せる。
なんでしょうか、これは?
幸福の定義 
(2006-01-18)
筆者は幸福の定義として、
1、自分の特定の欲望がかなえられていること。
2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること。
3、その欲望が世間から承認されていること。
4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れないこと。
を導入し、これらが同時には成り立ち得ないことを「証明」
しています。私は、4の条件を考慮することに感銘を受けました。
周りの人がほとんど失意のなか、一人幸福であることは可能か?
勝ち組・負け組の区分けができつつある現在、この条件は
とても示唆に富んでいると思います。
アンチテーゼとして 
(2006-01-13)
中島氏の本の多くは良くも悪くも感情的な印象を受けるが、本書にもその傾向はあるようだ。「不幸論」としているものの兎にも角にも幸福を語る人々が嫌いらしく、論理展開よりも著者の幸福論者に対する嫌悪感の方が鮮明に伝わってくる。しかしながらここまで徹底して幸福を否定する本も珍しく、巷にあふれる幸福論への中和剤としては最適だと思う。また古今東西色々な文章が紹介されているのに、そのどんな文章にも同様の半ばいじけたような反発を繰り返すあたりには思わず笑ってしまうことも。難点はやはり感情がかなり先行してしまっていることだろうか。共感できそうにない方にはちょっと辛いかもしれない。