ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書)
森 真一 筑摩書房
グループ:Book /ランキング:8047
価格:¥ 798
発売日:2008-01 /通常2~4週間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
自分が傷つかないために、相手も傷つけない、「やさしさ」 
(2008-10-30)
相手にも自分にも、予め傷つかないように気を遣う「やさしさ」の表側と裏側との落差とか、気を遣う範疇の人と外の人の落差が、わかる上に怖いなー、なんて思いました。
おもしろかったけれども。 
(2008-09-12)
宮崎哲弥による8/17の朝日新聞の書評を読んで、興味を持ちました。
社会学に疎い私にも最後まで興味を持って読むことができました。
「きびしいやさしさ」で解釈することで、優先席での居眠りなどの態度の人のことが少しだけ腑に落ちました。(でも、やはり、そういう態度は感じ悪い気分と感じると思いますけど。)
ただ、唐突にBSE(ウシ海綿状脳症)の話が出てきたのは驚きました。しかも「人類は食人の習慣を経て海綿状脳症に遺伝的に強い人が生き残ってきたから、人の海綿状脳症の人は少ない」というのは、現在までに科学的に証明されている事実とは異なっています。
「やさしいきびしさ」で指摘しておきます。
「やさしいきびしさ」vs「きびしいやさしさ」の二項対立で押し切るところが、読み物として楽しめる 
(2008-08-25)
宮崎哲弥が8/17の朝日新聞に、近年の新書ラインナップに「近代的啓蒙への原点回帰」の兆しを見る文章を寄せていて、この本が「社会学領域の白眉」として登場していた。「社会的行動が孕むパラドックスを予め指摘し、弊害を回避する啓蒙」の実践例で、「『やさしさ』が、厳格で酷薄な社会状況を生み出してしまう矛盾とそのメカニズムを明らかにしている」という紹介に惹かれ、早速読んでみた。
確かに「心」を傷つけたり傷つけられたりすることを過剰なまでに忌避するため、逆に「親切行為」を躊躇したり、他人からの些細な注意に逆上したりする結果がもたらされるという分析は、話として面白い。しかしプリマー新書という制約もあってか、議論の精度には疑問を感じる点も多かった。
まず引っかかるのは、「現代社会」と「現代日本社会」の区別が曖昧なこと。「はじめに」の2行目から「現代社会」が登場するのだが、次ページでは話はいつの間にか「現代日本社会」に移っている。「現代人の自己」を「うかつに触れればすぐ傷ついてしまう『腫れもの』『こわれもの』、あるいは『爆発物』」(p112)と特徴づける件りでも、こうした自己を抱えた「日本人の大量生産」(p114)を指摘しつつ、その原因探しで参照されるのがウルズラ・ヌーバー『<傷つきやすい子ども>という神話』。
「やさしさが若者を中心に価値を持ちはじめたのは、一九七〇年前後」(p21)という大平健の観察を紹介するかと思えば、山本七平の「空気」論やルース・ベネディクトの「恥の文化」論も援用されて、時間的なパースペクティヴが明確に浮かび上がってこない。ま、読者としては元々の土壌のあったところに心理学が導入され、著者の言う「きびしいやさしさ」が日本に蔓延したという、いかにもベタなストーリーを読み取りたくなるのだが、著者は口を噤んだままだ。
あと、「結合定量の法則」を持ち出す件りもあるが(p141)、かなりアヤシイ。
「やさしさ」ってそんなことをいうのかな 
(2008-05-14)
この本には、やさしいきびしさ、きびしいやさしさ、予防的やさしさ、治療的やさしさと「やさしい」がいくつかでてきます。
面白かったのは「をんな紋」です。母から娘へと受け継がれる私より家を重んじる「生き方」ですが、現在はもうあまり見かけません。
やさしさとこわさのところでは、現在のやさしさは相手も自分も傷つけないためという面が大きいようですが、他方、正体が見えないところ(学校裏サイトなど)では、そういう建前もなくなるし、ノリを重視するため、嘘や誇張や執拗さ攻撃性がでて悪意に満ちたものになるそうです。でも、そんなんだったらやさしいとは言わないのでは。著者は学生のレポートや新聞の投書などを引用してますが、もっと多数の人のデータを集めて客観性を強めたほうがいいと思います。
やっぱり人は卑怯であってはならないし、矜持をもってフェアーでなくちゃ。時と場合によっては闘わなくては。
興味深いが 
(2008-04-30)
やさしいことを強要する社会についての考察。そう言われてみれば、そうだなぁ、と著者の分析には感心することしきりです。
ただ、柳田國男の引用はちょっと調子が狂いますね。せっかくわかりやすい言葉ですすんできたのに一気にリズムがスローに。
もめ事や摩擦を避けるための「やさしさ」であるという指摘は納得。