母性という神話 (ちくま学芸文庫)
Elisabeth Badinter鈴木 晶 筑摩書房
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価格:¥ 1,470
発売日:1998-02 /通常24時間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
フェミニズムの古典 
(2008-04-02)
本書では、母性というのは必ずしも女の本能ではないこと、母親は必ずしも子供に対して献身的であるとはかぎらないこと、子供の幸福のために母親が個人的な野心を捨てるとはかぎらないこと等々を、フランスの社会の歴史をたどることにより明らかにしている。
第一部では、まず母性愛が母親の本能として構築される以前(およそ19世紀以前)における家父長制、子供・女性の位置づけについて述べられ、さらに17〜19世紀においていかに母親が子供に無関心であったかが述べられる。それは「放棄」とよぶにふさわしい状況であった。
第二部では、1760年頃に母親という役割、重要性への認識が根本的にそれ以前とは変化したことが述べられる。すなわちここにおいて「すべての母親は子供に対して本能的に愛を抱く」という母性本能の神話が誕生したのである。母性愛が人類にとっても社会にとっても好ましい、自然的かつ社会的価値としてたたえられるようになった。
第三部では、まず、ルソーとフロイトの女性論に焦点があてられる。筆者によれば、私たちが現在持っている(あるいは持っていた)母性という神話が形成されるにあたって彼らが果たした役割は非常に大きい。端的にいえば、彼らは本能・自然・道徳などの名のもとに母親の責任・役割を拡張すると同時に父親の役割を縮小した。このことは一面では、女性の権利の拡大を伴ったが、それと同時に彼女たちの自由を疎外してしまった。
最後に、今日の状況について述べられる。そこでは母性神話に寄与していたフロイトの精神分析が疑われると同時に、母性にとらわれずに生きる女性の姿やフェミニズムの運動が盛り上がってきた事などが述べられる。
本書はフェミニズムの古典的作品であると同時に社会史的研究の興味深い本でもある。フランスでベストセラーになっただけあって、非常に読みやすく両者の入門書としてふさわしいと思われる。また、本書の主張は当たり前のように思われるが、「父性」や「母性」の復権などが世間の一部で唱えられているところをみると、まだまだ価値ある一冊と言えそうだ。
流行 
(2006-03-26)
本書は、「母性」(子どもを慈しみ、大事にし、そばにおいておこうとする性質)という概念には流行りすたれがあり、決して普遍的に女性に備わった性質ではない、ということを明らかにする。
18世紀のフランスにおいては、貧富の差を問わず生まれたばかりの子どもをすぐに乳母に預けることが多かった(場所・時代によってはほとんどの子どもが預けられた)。母親たちは子どもに関心を持たず、金持ちはサロン活動に、平民は身の回りの商売に忙殺された。子どもの死亡率はとても高かったが、社会問題となることはほとんどなかった。今日のように「母性」が強調されるようになったのは、その後、日本で言うところの「産めよ殖やせよ」がブームになってからで、社会的背景による産物だそうだ。
最終章の、「だから男はずるいんだ」的な主張には違和を感じるが、社会が女性に期待する役割が時代とともに変化して「母性」概念が誕生してきた、という基本的主張には、頷かされる。
「母性」に関連して言えば、現代の日本では「父性」が相当すたれいる。50年前−100年前に見られたような日本的おやじっていうのが今はぜんぜんいなくなったのではないかと思う。今の日本の若い男は、要するに、どんなおやじになって子どもに向かえばいいのかよく分からないのだ。『LEON』は参考書にならんし、『サライ』とかもちょっと違う。どんなおやじになっていいのか分からないから、男が結婚しない(できない)というのも、少子化・晩婚化の一因ではないかと思った。