カスタマーレビュー
おすすめ度:
書名にちょっと難有り 
(2008-11-29)
タイトル「フィリピン人少年が見たカミカゼ」から、
特攻についての本だと思って購入しました。
しかし内容については、特攻というよりは
著者の体験を交えたフィリピン史といった感じで、
特攻については、崇高な精神に心を打たれたという内容にとどまっています。
特攻がどのようだから崇高だと思ったのか、といった事までは説明されていません。
なので、書名で誤解が有ったので☆は−1。
しかし、親日である著者が、日本軍の崇高な一面、醜い一面の両方を
語ってくれている点で、誠実さを感じたので☆4つとさせて頂きました。
自分などは日本軍礼賛しがちな人物なのですが、
けして日本軍も神様ではなく問題を起こしうる人間の軍隊なのだという点を
戒めてくれた点で良著だと思います。
フィリピンはアジアで反日的な国だということも、その理由も、
この本を読んで知りました。
書名だけ改善の余地有りです。
経験談が生き生きと書かれてます。 
(2007-12-09)
戦争中の話としては「米国に協力したとしてフィリッピンでは華僑(中国系フィリッピン人)に厳しすぎる」と言われてたと聞いた事が あります。
で、それが「マニラ虐殺」等と言われたものだったのかな?なんて思ってました。
この本は その辺のことは 作者が 当時、子供だったからでしょうか、教わった事を 書いてるような印象を 受けました。
でも、著者の経験されたことは 一転して 実に 生き生きと表現されてて、祖父から話を聞いてるような感覚を覚えました。人が亡くなる場面でもです。
独立後もアメリカに経済を 支配されて、(戦後、日本はフィリッピンに 戦争保障もし、経済援助も湯水のごとく受け取ってもらってるけど)貧しさから逃れられないフィリッピンですが、
敬うべき精神として子供達に「特攻精神」を知ってもらい 国の発展、そして世界の平和を願ってる著者は特攻の記念碑を建てることに奔走します。
敗戦前後、虐殺された日本兵へのレクエイムでもあるって思っちゃったのは深読みかもですが。
とにかく ホッともしますし、暖かい気持ちになります。
翻訳者に頼らず、ご本人が日本語で書かれてるように思いますが、そう言うところも一因なのでしょうね。
隣国フィリピンとの近代史を学ぶために 
(2007-11-25)
私は戦後教育の自虐史観・左翼思想から既に脱却した者です。
大東亜戦争の歴史も多く学びましたが、東南アジア諸国での細かい情勢をあまり深く調べたわけではありません。そんな私ですが、フィリピン情勢だけはかなり複雑だっただろうなという史観を持っていて、それを学ぶためにとても有意義な本でした。
著者は、あの有名なマバラカットのカミカゼ慰霊碑の建立のために奔走し、幼少の頃、日本兵と仲良く遊んでもらい、「バターン死の行進」はアメリカのプロパガンダと喝破する大の親日家であり、本書の至るところで日本を弁護するが、その一方で、日本占領下での弊害や一部日本兵の残虐な行為も記述しているので、非常にバランスの取れた著書だと思う。
ただ、その分、自虐史観から脱却するための初心者向けの書としては弱いかもしれない。
著者は近代史をかなり勉強したようで、日本が真珠湾攻撃に到った経緯・根拠をまとめていて、正直、個人的に、それには異論を持っていますが、親日的な大局的解釈なので良いのではないでしょうか。
このような本が本国フィリピンでも発行されていることを期待します。
アジアの人たちの声をもっと聞きたくなりました 
(2007-11-23)
書店でふと気がついて手にした本でした。何気なく読み始め一気に読み終わりました。いわゆる日本の戦後教育では日本はアジア諸国に迷惑を掛け続けたと教えられましたが、実はいろいろな意見(感謝しているなど)があるということをこの本で知りました。日本人はもっときちんと先の戦争を見つめるべきではないでしょうか。アジア諸国の人々の声を聞きたいと思いました。
心優しいサムライたちへのレクイエム 
(2007-11-12)
著者と日本人軍人との交わりは、今の歪められた日狂組教育の中では信じられないことでしょうが、実際には、占領軍と占領民という関係ではなく、日本兵のほとんどが、欧米からのアジア植民地解放を信じて闘ってきた事を示すものです。兵士も日常生活に戻れば、一般の日本人と同じように、花も愛でるし、人を大切にする青年たちばかりだったでしょう。
話はそれるが、アルカイダの自爆テロをカミカゼテロというものに対して言わせて貰いたい。圧倒的な米国艦隊を前に、カミカゼという手段で対抗していった彼らは、日本の軍服を着て、日本の飛行機で、敵の軍艦に体当たりして散って逝った軍人であり、卑怯な無差別テロリストでないことを名誉の為に付け加えさせて欲しいと思います。
彼らが何で確実な死が待ち受けている戦場に赴いたかは、決して国の為だけでなく、郷土や友人たちを守りたいと言う思いがあったに違いないと思います。