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ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)
半藤 一利
文藝春秋

グループ:Book /ランキング:83038
価格:¥ 570
発売日:2002-08 /通常24時間以内に発送

カスタマーレビュー
おすすめ度:
右翼の人はこの本を読むのは辛いであろう  (2007-01-03)
歴史に例を見ない、世界一の悪で阿呆な大日本帝国軍。
それでも右翼にとっては、大日本帝国軍は強くてかっちょええ正義の軍隊であった筈だよな?
右翼はこう主張するだろう…。
「悪というのは、敵国からの視点であって、
 日本人が大日本帝国軍を悪呼ばわりするのは変ではあ〜りませんか?」
変ではありません。
昭和の大日本帝国軍は、天皇を守る軍隊であり、
日本国民を守る為の軍隊ではなかったのである。
アメリカが原爆を落とした為、戦後の利権獲得にあせったソ連が満州に侵攻しましたが、
大日本帝国軍は満州開拓団を見棄ててさっさと撤退するんだもんな。
世界史でメジャーな悪のナチスドイツでさえ、
敗色濃厚になった後は、デーニッツ首相はドイツ国民を自国に帰還させることを優先して、
事実200万人以上の民間人を救ったのです。
昭和の大日本帝国軍は100万人の満州移民団を見棄てて逃げ帰るとは、恥ですな。
戦略眼の無いアフォの大日本帝国軍の指揮官の無能振りは有名であるが、
本書は何故無能になったかも考察している。
無能な指揮官というのは、判断力が無いからである。
何故、判断力が無いのかというと、
無知の上に責任感が無いからである。
国際法を遵守して日露戦争を戦った明治の大日本帝国軍は、世界中から絶賛されたが、
鬼とかイエローモンキーと呼称される昭和の大日本帝国軍は、守るべき国際法に無知であったというのが真相らしい。
世界の常識を知らずに、日本は神の国と増長したのが、全ての失敗の本質だね。
日本が悪で阿呆だとしても、
日ソ不可侵条約を破って侵攻してきたソ連も悪いという説はもちろんあります。
世界一の悪は日本軍だが、世界二の悪はソ連軍でも0Kです。
ただし、ソ連軍は阿呆ではありません。
日本が降伏した8月15日以降も、ソ連軍は満州で虐殺を続けましたが、
虐殺してもOK、シベリア送りもOKという屁理屈を見事に捻くり出すので感動しますた(藁

なぜ、問題にしてこなかったのか?  (2006-06-13)
 長崎に原爆の投下された日に、一方的に不戦条約を破って満州や北方4島に侵攻したソ連軍の振る舞いは、犯罪者集団に等しい。
 更に、その後、日本人の多くに奴隷に等しい苦役を与えた。
 百歩譲って太平洋戦争の責任が日本にあったとしても(私は認めないが)、ソ連軍が満州で行なったことは、戦争以前の犯罪である。
 そのソ連が国際連合の常任理事国であり、その後、さまざまな東西紛争の一方の当事者であったことを、我々は忘れていないか?
 日本における中国の「南京大虐殺」を議論するなら、同じ目線でソ連軍のした行動を論難しなければバランスが取れまい。
 残念ながら、戦後の言論界は、マルクスレーニン主義の進歩的文化人に支配され、バイアスがかかっていたので、この悲惨な満州の出来事を扱うことも、批判することもなかった。
 被害にあわれた方々の無念を思うと、戦後の進歩的文化人の罪は大きいと思う。

ソ連軍は、満州で日本の女性や子供に何をしたか?  (2005-08-09)
毎年、8月9日に成ると、テレビのニュースは、長崎の原爆忌を伝える。即ち、この日(8月9日)が、1945年(昭和20年)に、長崎に原爆が投下された日である事は、伝えるのであるが、その同じ(1945年)8月9日が、ソ連の満州侵攻の日であった事を伝えるマスコミは、極めて少ない。これは、一体、何故なのだろうか?--1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効だった日ソ中立条約を破って、満州に侵攻した。そして、侵攻した先々で、子供や老人を含む、多くの日本の民間人を、無差別に殺戮したのであった。又、子供を含む、多くの日本人女性を、やって来たソ連軍の兵士たちは、至る所で、強姦、輪姦したのであった。その際の悲惨な状況は、原爆とは形が違ったものの、この世の生き地獄と呼ばれるべき物であった。--ソ連崩壊後も、日本のマスコミの多くは、何故か、このソ連軍の満州侵攻による悲劇を語りたがらない。若い人たちは、本書を含めた単行本を紐解いて、当時、日本の子供や女性が、ソ連軍によって、どれほどむごい目に遭わされたかを、知って欲しい。(西岡昌紀・内科医/ソ連軍が満州に侵攻した日から60年目の日に)

日本の無策ぶりとソ連の非道さ  (2005-03-20)
本書からは、日本の無策ぶりとソ連の非道さ、両方が読み取れる。

まず日本だが、対日参戦をすでに決めていたソ連に対して終戦の仲介を工作したり、ポツダム宣言受諾が即ち降伏だと思い込んでいたことなどに見られる、国際情勢の見誤り、国際感覚の欠如、楽観主義、無責任主義など、国家滅亡の危機に際しての体たらくは呆れ返るばかりである。このときと同じような状況は、現在も進行しているのかもしれない。

ソ連が行った満州における日本資産の処理やシベリア抑留は、米国を含めた連合諸国でさえもそこまで予測していなかったことから、日本の無能無策のせいばかりとは言い切れない。この時のことからソ連(現ロシア)の本質が読み取れるばずである。ソ連の参戦によって被った被害は計り知れないが、せめてそれを教訓として、今後の対ロシア政策に生かして欲しいと願う次第である。


無能は罪である  (2003-12-11)
 正直言って、痛まし過ぎて読み進めるのが辛いです。なぜ、どういう経緯で中立条約を破ってソ連が突如満州に侵攻して来たのか。その時満州で何があったのか。これらの真相が日ソ両側の資料により明らかにされる。

 当時の日本人首脳の愚かさは、戦争を始めたことよりも、その終わらせ方の方により多くの問題があると思った。日本は、ソ連が虎視眈々と対日参戦の準備をしているのも知らず、ソ連に媚びへつらい、和平仲介を依頼する。しかし散々焦らされたあげくその答えは宣戦布告だった。ソ連参戦必至といういくつもの情報がありながら、希望的観測によってそれを黙殺し、また時期を誤り、結果として奇襲を許した。

 精強を謳われた関東軍は、いくつもの醜態を晒し、汚辱にまみれた最期を迎える。いや、関東軍を責めるのは酷かもしれない。天皇の軍隊である日本軍には民間人保護は最初から念頭になかった。ただ防御に不利な新京を捨て、通化での迎撃を企図しての撤退だったのだが、民間人から見たら自分たちを見捨てて逃げたということになる。そして、関東軍の主力は殆ど一発の弾を放つことなく降伏した。将兵の多くはシベリア抑留の辛酸を舐める。そして開拓民たちは集団自決、逃げ遅れた民間人はソ連軍や匪賊と化した地元民により、略奪、暴行、殺人、強姦などの仕打ちを受ける。

 著者は、「戦争に正義などない」と陳腐な言葉を繰り返し、この途方もない悲劇の唯一の教訓だと言うが、そんなことよりも、日本帝国の昔から現代に至るまで治っていない、日本人の無責任体質、楽観主義、現実逃避という欠陥を早急になんとかすることこそが教訓だろう。




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