カスタマーレビュー
おすすめ度:
壮絶な歴史モノとして・・・ 
(2008-10-07)
鎖国した日本において、キリスト教を拡めようとした司教の物語です。
信仰心と慈悲の間で揺れ動く人間の心模様が印象的です。
かくも生真面目な生き方は現代的ではありませんが、ちょっと昔の生き方としてはある意味、共感します。
間違いなく戦後文学の代表作の一つ! 
(2008-09-24)
読み出すと止まらなくなった。一気に読み切った。
断っておくが小生はクリスチャンではない。
遠藤周作氏は芥川賞受賞後の37歳から、結核で2年もの入院をしている。
手術で7本の肋骨と肩肺を失ったが、「私が得たものは肩肺よりも、もっと大きなものだった」と語られている。
それは何か?
命に及ぶ大病との格闘を通して、悩める人や弱い立場にある人への温かな眼差しを獲得したということだろう。
その生死の極限から蘇生した著者の魂が綴られたのがこの「沈黙」だと思う。
残酷で非道な“穴吊り”という刑に処せられた切支丹の農民を救うため、司祭フェデリコは遂に”転ぶ”。棄教したフェデリコは岡田三右衛門という名前を与えられ、しばらく長崎に留められる。弱虫で臆病で卑劣、何度も転び、フェデリコをさえ売った五島出身の農民キチジローは、それでも岡田となったフェデリコのもとへさえ、告侮を聴聞してもらうためにやってくる。
この小説の終わりは「切支丹屋敷役人日記」で終わる。
この「役人日記」によると、江戸の牢屋敷に移された岡田の中間として”吉次郎”が共に住みんでいることが記述されている。吉次郎は首にお守り袋に入った切支丹の本尊を隠し持っているのを見つけられて問いつめられている。岡田の、いな、フェデリコの信仰は破られていない、キチジローの信仰も破られなかった。そして、岡田三右衛門ことフェデリコは日本に来て三十余年、江戸へ出て三十年の六四歳で病死する。
ドフトエスキーが「悪霊」で描き出したように、多くの切支丹を殺し、フェデリコをも棄教させた、洗練された口調と無表情の顔をもつ、井上築後守を初めとする権力者達こそ、精神の尊厳を失った哀れな人間だったのではないか。
クリスチャンとか仏教徒とか、そんな狭隘な批判を越えて、
この「沈黙」は間違いなく戦後の日本文学の代表作の一つだと確信する。
「信じる」とは? 
(2008-09-16)
この本を初めて読んだのは高校生の時でした。
吸い込まれるように読んだ記憶があります。
「信じる」とは何なのか。
「信じる」ことによって人は救われるのか?
戦争には,その背景に宗教観の問題も含まれています。
人間が神によって生かされているのであれば,なぜ,戦争なんてするのでしょう?
神とは「自分こそが正しい」ことを武力をもって照明するような人間くさい存在なのでしょうか?
この本は,「信じる」ということの深さをまざまざと見せ付けてくれる一冊です。
私は誰かを信じぬけるのか?
恋に迷った時に読んでみるにもお勧めの一冊です。
また,この本を片手に長崎を旅してほしい。
外海から長崎市内へ海を眺めながら旅してほしい。
重いしやや難解? 
(2008-08-24)
重い。重いです。実在の人物をモデルに書かれた小説。
時は江戸時代、島原の乱が鎮圧されて間もない頃。日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴは背教を迫られる…
私は171ページと191ページの言葉が印象的でした。気になった人は読んでみよう!(笑)
キチジローがキーマンです。
本書と対をなす『死海のほとり』を読むと理解が深まる。
いちどは読むべき名作。 
(2008-05-25)
主人公と一体になって、読み手のわたしも苦しんだ。
読後、10年以上が経過したのに、
この小説を思い出すと、いまでも胸が痛む。
こういう作品を、真の名作と呼ぶのだと思う。