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疾走 上 (角川文庫)
重松 清
角川書店

グループ:Book /ランキング:43140
価格:¥ 660
発売日:2005-05-25 /通常24時間以内に発送

カスタマーレビュー
おすすめ度:
「ひとり」「ふたり」「ひとつ」が踊り、うねる。  (2008-12-11)
家族、人と人とのつながりを一貫して書いてきた重松清が、
おそらく初めてそのすべてを断ち切った小説。この小説には一切の救いが、ない。

この小説は煉獄の人生を生きた15歳の少年の地獄の数年間を追った物語。
重々しく二人称で語られる体裁自体が重松作品の中では非常に異質で、発表時に騒然となったらしい。実際に読んでみて、問題作かつ衝撃作で各誌で絶賛されたのがよく分かる。
主人公は優秀な兄を持っていた。が、その兄がその集落で殺人を犯すよりも重い罪をおかしたことにより、歯車は狂いだす。家庭は荒れ、学校では極度ないやがらせにあい、親父は失踪し、母も壊れる。主人公は生きたい、それだけのために一人で大阪、東京へと故郷を出る。文庫本の裏表紙にある<孤独、祈り、暴力、セックス、聖書、殺人>という言葉の列挙がそのまま作品の内容だ。

普段の彼の作品ならば必ず「救い」は用意されている。もちろん安っぽい問題解決なんかはしない。けれども、作品の最後には何らかの、ほんとスイッチが入れ替わるだけのことだけど、それが一番の、救いが用意されている。今回はその一切を拒絶している。
突き放すように「おまえ」と語りかける様は異様で、何らかの作者の決意を意図しているようにも思える。クライマックスの間際に、語り部が誰にともなく弁解のように<わたしは、おまえの物語を語り続けてきた。おまえを救うためではなく、おまえを幸せに包み込むためではなく、だからわたしは、ひどく冷たい語り部なのだろう。>と付け足したように書かれている。ここが僕にとって印象的だった。なぜならここで著者は今までの著者自身に背を向けたから。

読めば分かる。そして、同時にこの作品から「重松清」を知ってほしくないとも、思う。

重松清は直木賞を受賞した時に自分で自分を分析していたのが印象的だった。「僕は文学を書けない」的なことを言っていて、その理由は「ひとり」になれない人間だから、と。「文学」とは孤独で「ひとり」の人間が共同体からはぐれて、それでも自分を表現することによって自分の存在確認、存在証明をすることによって生まれるものだと。いつも分岐点で一般人との最大公約数を選んできた自分には無理だ、とも同時に言っていたのだ。
また、「文学の資格」についても人一倍考えている人だ。自分にその資格がない以上、文学への畏怖とそれを書ける人への畏敬の念が強いらしく、自分を絶対に文学者とは軽々しく名乗らない。そして、やはり中上健次を別格のように尊敬している。早稲田文学時代に世話になったというだけではない「何か」を中上に与えられ、求められたのだとエッセイの数々を見れば気付く。そして中上文学を愛している人ならば「疾走」が重松清の中上健次へのオマージュであり、「挑戦」だということに気付く。そして、その挑戦は勝ったかどうかは僕には評価できないけれど、決して負けていない。見事に戦い抜いている。「ひとり」に苦しんで誰かと「ひとつ」になりたい孤独な主人公を最後まで描いている。

繰り返し、繰り返し、物語の中で「ひとり」「ふたり」「ひとつ」という言葉は踊り、うねる。

この作品は徹底した救いのない物語で、ここまでの覚悟で書いたからには安易な救いなんかは書いてほしくなかった。だから、物語の終着点はすごく満足だったし、目頭があつくなった。救いはなくても望みはあるんだな、と思えるものだった。

僕はひさしぶりに小説を「取り憑かれたよう」に読んだ。おそらく作者も「取り憑かれたよう」に小説を書いたんじゃないだろうか。「疾走」というタイトルは走ることに特別なものを感じ、生き抜こうとし、クライマックスでも文字通り駆け抜けた主人公を意味しているだけではなく、それを図らずと意味しているんじゃないかと思う。

最後まで自分勝手な書評だなと思うけれど、僕のように「ひとり」で生きられずに最大公約数を選んできた者の言葉などこんなものだと分かっている。それでも良いと思って書いている。

人はなぜ生きるのか  (2008-12-04)
主人公シュウジの周りからみんな離れ、死んで、消え、壊れてしまい、シュウジは「ひとり」になっていく

人は絶望し、からっぽになると穴ぼこのように暗い目になるという

シュウジは「ひとり」であること、絶望、その人生から逃げようとする そして疾走る

つながりを求める「ひとり」はどうなるのだろうか

そんな物語は神父を語り部として終焉を迎える



人はなぜ生きるのか

考えさせる本です

夢も希望も無い本  (2008-10-29)
 クソみたいな本だと思った。

 人間のみにくいところ、うつくしくないところだけをこれでもかこれでもか
と書き続け、しかもラストまで救いが皆無。

 『流星ワゴン』はいい話だったのに、この人はこんなのも書けるんだな。

 うがああああああーーーーーっ

 毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒ーーーーーーーーーっ!!!

 このクソのような本の記憶を消してくれえ、とまたすぐ別の本を読んだ。

上巻は家族それぞれの心理描写が中心  (2008-07-26)
自分の読みたい小説を選ぶポイントは大きく分けて3つあると思う。
“タイトル”、“作者名”、“設定・テーマ”の3つだ。
僕がこの小説を手にした理由は間違いなく“設定”である。
普段作者名やタイトルやエンターテインメントを考慮して
選んできた僕にとってこの小説との出会いは“設定”であった。
下巻のキャッチに書かれた“誰か一緒に生きてください”の文を見つけたときに
上下巻ともに買うに至ったのである。
上巻は家族それぞれの心理描写が中心に描かれている。
不思議なことにシュウジに、そしてシュウイチにも感情移入することができた。
文章の一文一文が鋭く、キラキラと光り輝いています。
重いテーマですがタイトルの疾走の如くリズム感をもって読むことができた。

重すぎない重さ。  (2008-07-26)
とにかく読み出したら止まらない。ずっとドキドキしていた。 考えさせられるよりも、共感した。 上下とも読み終えた今思うと、話の展開が読めたりで、ベタなのかもしれない。ありえないだろ?と思ってイライラするかもしれない。 しかし、現実的な部分は作者の体験談か?と思うほど、的確でもある。 それぞれの登場人物は実際にどこにでもいるだろう。 例をあげれば、徹夫のような奴に学生時代に出会った、もしくは、なってしまった人もいるのでは。 それを含めて学校のシーンがやけにリアルだったのが忘れられない。 傷ついているのに、なにをされても折れないシュウジがかっこいい。 なんでこんなに?と思うほど辛いことばかりだけれど、なぜか絶望感があまりない。 非現実的でもあり、現実的でもあるからだろうか? 少年の物語が終わるあたりは神父さんにほんの少し会ってからにして欲しかった。 白と黒に分かれた車が来たあたりから、覚悟を決めたシュウジならこうするだろうな、と想像できるような終わり方の方がよかったような気もする。




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